第186回(2008.07.01)
「触媒」としてのヒューマンスキル

◆ヒューマンスキルは触媒である

プロジェクトマネジャーの間で、影響力、コミュニケーション力、交渉力といったヒューマンスキルに対する関心が高まってきている。しかし、プロジェクトマネジャーに求められるヒューマンスキルとメンバーに求められるヒューマンスキルを混同しているのではないかと思われるひとが少なくない。

そこで、プロジェクトマネジャーに求められるコミュニケーションとはどんなものかについて考えてみる。

ヒューマンスキルはその行使自体が目的ではない。触媒にすぎない。というより、触媒として認識すべきである。化学反応が起こらない限り、ヒューマンスキルでは何も起こらないのだ。

これはプロジェクトマネジャーにしろ、メンバーにしろ、これは同じだ。まず、ここを勘違いしていると思われるひとがいる。つまり、ヒューマンスキルなるものを使えば、何かいいことがあると思いこんでいるひとが結構いる。たとえば、顧客を円滑なコミュニケーションをすれば、顧客の要求を適切に引き出すことができ、結果としてスコープ変更が少なくなるという図式を頭に描いているひとは少なくないだろう?これは本当に正しいのか?正しいとも言えるし、正しくないともいえる。


◆救いの神「ヒューマンスキル」

著者は商品開発業務に関わるようになってもう20年にもなるが、何かものごとがうまくいかないと、「ひと」にその原因を求める傾向があるのは昔から変わらない。しかし、これは錯覚であることの方が多い。エンジアリングマネジメントというのは本質的に属人性をなくす方向にものごとを考えるマネジメントである。要求であれば、要求を引き出し、定義していくためのプロセスを決定し、そのプロセスで使うツールを作るということをする。

これで、うまく属人性がなくなるといいのだが、なくならないことも多い。この先が問題である。ここで、改善をする企業と、別の方法を考える企業がある。これが雲泥の差だ。開発にしろ、マネジメントにしろ、成熟度の高い組織は、ここで、できるひとがやり方を改善し、できないひとができるような仕組みに改善していく。相互扶助などではなく、組織へのコミットメントが高いからだ。そして、組織のパフォーマンスが高ければ、自らのパフォーマンスも高くなることをよく知っているのだ。

ところが、あまり出来のよくない組織は、ここで改善と言いながら、目の前で起こっていることを素直にみようとしない。できる人はできたということでそれ以上の関心を示さない。できない人はあきらめてしまって、次はこの方法でやればできるかもしれないという根拠のない期待を持ち、新たな方法をとろうとする。

ここに落とし穴がある。できるひとは常にできるし、できないひとは永遠にできないという法則があることだ。開発手法にしろ、マネジメントの手法にしろ、できるまでしつこく改善する以外に目的を達成する方法はない。目先を変えるごとく、やり方を変えるのは単に逃げているだけである。

その最たるものが、ひと、つまり、ヒューマンスキルに救いを求めることである。


◆「できないひと」にヒューマンスキルは「猫に小判」

できるひとはヒューマンスキルもうまく使いこなすので、よりできるようになる。ところができないひとは、ヒューマンスキルもやはりうまくこなせないので、大した改善にはならないという結末が待っている。猫に小判だ。

もちろん、ヒューマンスキルに意味がないと言っているわけではない。たとえば、上の例で、顧客との話し合いがうまくできていないということで、ヒューマンスキルを向上するようなトレーニングをしてもできないひとには何も起こらないといっているだけだ。そうではなくて、たとえば、要求コミュニケーションのプロセスやツールを明確にし、そのようなコミュニケーション技術に特化してスキル習得をすればできかなったひともできるようになる可能性がある。


◆ヒューマンスキルは一般論では意味がない

ヒューマンスキルというのは基本スキルであるので、ついつい、一般的なスキル習得に走りがちである。しかし、一般的なヒューマンスキルなどあまり役に立たない。状況(目的)を特化し、その目的のためのヒューマンスキルの習得をして初めて意味がある。

そして、その状況で十分なヒューマンスキルが身につけば、そのひとの一般的なヒューマンスキルは必ず向上する。つまり、要求定義の例であれば、要求定義のスキルの一環としてコミュニケーションスキルを習得すべきである。


◆プロジェクトマネジメントに特定したヒューマンスキルとは

このように考えると、メンバーとプロジェクトマネジャーに求められるヒューマンスキルは明らかに異質のものである。両方とも業務を円滑化するものであると言ってしまえば同じだが、メンバーは開発業務であるのに対して、マネジャーのヒューマンスキルはマネジメントを円滑にするためのものである。

たとえば、コミュニケーションスキルを考えてみるともっともよく違いが分かる。メンバーのコミュニケーションというのは情報のやりとりが目的とするものがほとんどである。せいぜい、そこに交渉的なコミュニケーションが加わる程度である。しかし、マネジャーのコミュニケーションの中でほとんどはひとやチームのマネジメントを目的とする。言い換えると、ひとやチームを動機づけたり、指導したりすることにより「動かす」コミュニケーションが求められる。いわゆるマネジメントコミュニケーションと呼ばれるコミュニケーションである。

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著者紹介
好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
20年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「プロジェクト&イノベーション(無料)」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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