第217回(2010.06.29)
プロジェクトの<重さ>

◆組織の<重さ>

3年くらい前に、「組織の<重さ>」という本が出版された。

沼上 幹、加藤 俊彦、田中 一弘、島本 実、軽部 大「組織の“重さ”―日本的企業組織の再点検」、日本経済新聞出版社(2007)


組織には<重さ>があり、それが、新たな方策を立てて一体となって行動しようとすると、多大な労力がかかったり、結局何も変わらなかったりするような組織の状況を生み出すという指摘だ。

同書によると、組織の重さを構成する要素には、

(1)過剰な「和」志向
(2)内向きの合意形成
(3)本来負うべき責任を他人や組織自体に転嫁する「フリーライド(ただ乗り)」
(4)経営リテラシーの不足

の4つがあるという。そして、重さの問題は、存在自体ではなく、経営上の成果に悪影響を与えることにある。直接的な影響は調整活動の増大であるとし、同書では「調整比率」という業務全体における「根回し」にかかる時間の比率をメトリクスとして見ている。2006年の結果であるが、軽い組織10%の調整比率は29.4%、重い組織10%の調整比率は42.3%であったそうだ。

ただし、組織の重さが短期的に収益性の低下をもたらすとは限らないが、中長期では大きな影響を与えるとしている。


◆プロジェクトの重さ

この本を読んだときに、プロジェクトでこそこの議論をすべきだと感じて、その後、ずっと気になっている。プロジェクトで新しいことややり方にチャレンジしようとするときに、結局、紆余曲折して今まで通りに収まることが多く、最近ではチャレンジすらもしなくなってきている。

プロジェクトは本来、組織の重さを軽減するために行うものである。しかし、現実を見ると、徐々にプロジェクト「組織」が重くなってきているような気がする。ちなみに、某ソフトウェア開発企業でこの話をしたところ興味を持たれ、計測方法を変えて、案件の引き合いから、検収までのスコープで調整比率を計測してみたことがある。類似性の高い5プロジェクト計測し、ばらつきは大きかったが、最も大きいプロジェクトは重い10社平均を超えており、また、軽いものも軽い10社平均より、相当に大きかった。

この調査で分かったのは、プロジェクトの重さは、上に紹介した組織の重さと同じ要素から構成されると思われる。まず、真剣に議論しない。反対意見はそれなりにいうが、議論をしない。議論は時間の無駄であり、いろいろな意見を出し合って多数決で決めるのがよいということを平然というリーダーもいる。和を重んじること自体が目的化している。これが(1)である。次に、顧客への対応を自分たちの都合で決めており、その合意を持って顧客を押し切っていく。これが(2)の内向きの合意形成だ。
そして、(1)と関係してくるがメンバーの中にもプロジェクトを他人事だと考えて、口を出すが、自分の範囲でしか責任を取らない人が多い。議論しないのは和志向意外にここにも原因がある。議論を尽くすと当事者になってしまう。また、フリーライドのステークホルダの存在の多さはいうまでもない。


◆マネジメントリテラシーの欠如がプロジェクトを重くする

同書を読んだときに、(4)の指摘は非常に斬新だったのを記憶している。著者たちは、優れた企業経営とは「論理的」なものだ。したがって、「論理を読み取る人々の能力が低ければ方策の是非が的確に判断できない」というのだ。この問題こそ、プロジェクトでは、(1)〜(3)に勝るとも劣らないくらい重要な問題ではないかと思われる。プロジェクトは経営の実行の場である。そのプロジェクトにおいて、経営の論理である、戦略が読み取れておらず、目の前の損益だけを求めて迷走している。特に、プロジェクトの目的・目標設定のレベルでこの傾向が顕著である。

数年前にプロジェクトの組織支援の問題が取り沙汰され、相次いでPMOが設立された。PMOを設立すること自体はよいと思うのだが、残念ながらPMOは現場オペレーションの支援に重心を置いていたことだ。

この問題の本質は、経営リテラシーの低さにある。トップが戦略を創ろうが、ミドルが戦略を創ろうが、創られた戦略の論理を読み取らない限り、次のステップには進まない。例えば、ミドルが戦略を創り、それが如何に合理的なものであっても、事業部やトップに読み取る能力がなければ、その戦略に基づくプロジェクトが組織的に支援されることはない。また、プロジェクトマネジャーやメンバーに論理を読み取る能力がなれば、戦略は正しく実行されないし、ステークホルダの協力を得ることも難しい。
組織がプロジェクトを支援しないというのはある意味で起こるべくして起こった問題なのだ。


◆PMOはプロジェクトが軽くなるように支援する

プロジェクトの組織支援というのはそのような背景を持つ問題であり、現状を考えるときにPMOとして必要なのは、オペレーションを支援するPMO1.0ではなく、戦略実行を支援するPMO、つまり、PMO2.0が必要なのだ。

いわゆるPMOブームの際に設立されたPMOには、今では不要論が飛び交っているが、オペレーショナルなPMO1.0の不要論であり、PMO2.0はこれからますます重要になってくるし、経営リテラシーの低い組織では、会社の運命を握る存在だと言っても過言ではないだろう。


◆プロジェクトで成果を上げるにはマネジメントリテラシーの強化が急務

ただし、PMOの変革・強化だけでは本質的な問題解決にはならない。上の述べたようにより本質的な問題は、プロジェクトに関わるさまざまな立場の人たちのマネジメントリテラシーの欠如であり、これを強化しない限り、本質的な問題解決は望めない。

特に、プロジェクトマネジャー、現場リーダー、プロジェクトスポンサーの立場になるミドルマネジャーの3者のマネジメントリテラシーの強化が急がれる。


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著者紹介
好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
20年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「プロジェクト&イノベーション(無料)」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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