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第258回(2011.07.15)
失敗を重ねるプロマネに欠落する「概念的思考力」

◆エンジニアの一流と超一流の違い

エンジニアは「ものごとを具体的にモノで考えてナンボ」という商売である

と思われている。機械のエンジニア、プラントのエンジニア、ケミカルのエンジニア、ITのエンジニアなど、一流のエンジニアはすべてものごとを具体的に考える能力にたけている。

しかし、具体的に考えるだけでは、「超一流」のエンジニアにはなれない。あなたの周囲にもし、超一流のエンジニアだと思われる人がいれば、観察してみてほしい。必ず、ものごとを概念的に考えている。概念的に考えた上で、具体的な設計に落としている。なぜ、概念的に考えるのか?それは、新しいことを考えるには、理論や智慧に立ち返る必要があるからである。理論のレベルで考えて、問題を解決し、それを具現化し、具体的なものにしていく。つまり、理論という人類の共通の智慧を活用できない限り、超一流のエンジニアにはなれない。

そもそも、エンジニアの主業務である設計とは概念的な仕事である。にもかかわらず、具体的な思考だけでも優れた設計ができるには、訳がある。知識と呼ぶものである。知識にもいろいろあるが、一番簡単なものは、事例である。設計であれば事例を参考にして設計するので、具体的な思考だけでも設計できる(そこに、特徴をみた事例の選定とか、カスタマイズのところなどに、概念的思考のスパイスを振り掛ければ十分だ)。

ただ、これでは歯が立たないことがある。まったく新しいものの設計だ。いままで、企業では、この部分は超一流のエンジニアが担当していた。そして事例ができれば、一流のエンジニアでもそれを知識として使って設計ができるようになる。

僕がエンジニアだったころにそんなことを考えていた。もちろん、自分ひとりでその境地に達したわけではなく、会社で先輩からいろいろと聞かされたり、本を読んだり、大学の先生との付き合いの中でそんなことを聞いたりした。中でも、人工知能の開発の仕事に従事したときに、頭の整理ができたように思う。

しかし、このような構図はもう通用しなくなった。新しいものがどんどん求められるようになってきた。イノベーションだ。すると、新しいものを設計しなくては一流のエンジニアの地位は危うい。

◆一流のマネジャー

そして、このことを今、マネジメントの世界で改めて感じている。

一流のマネジャーは概念的にものを考えるが、二流のマネジャーは具体的にしか考えない。この差はエンジニア以上に大きい。その理由は、概念的思考の基盤にある。上に述べたように、エンジニアの世界には理論というものがあり、理論を基盤にして、概念的な思考ができた。

ところが、マネジメントの世界には理論が少ない。部分的に正しい知見はあっても、普遍的に正しい理論はそんなに多くない。そこで、マネジャーは、理論だけではなく、知見をベースにして行動し、結果を踏まえて、概念的に「考える」必要がある。考えて、「理論」ならぬ、「持論」という自分の世界で正しい理論を見つけなくてはならない。学習である

持論は事例集ではない。プラクティスである。自分の経験や、多く人の行動を一般化したものである。プラクティスの発見は、なかなか、難しく、できる人とできない人の差は大きい。

ここまでを読んで、違和感を感じている人もいると思う。それは、

概念的思考=具体性がない=「言うだけ」

という偏見を持っている人だ。

勘違いしないように言っておくが、エンジニアの概念的な思考の最後は、「もの」という具体であるのと同様に、マネジャーの概念的思考の最後は「行動」という具体である。概念的な議論に終始し、「もの」を作らないエンジニアに一銭の価値がないように、概念的なことばかり言っていて行動しないマネジャーは二流どころから、三流である。




◆失敗するプロジェクトマネジャーは何度も失敗する

概念的に考えることができるマネジャーは一流になり、考えられないマネジャーは、結局事例を使った見よう見まねのマネジメントしかできないままで終わる。この主張の典型的事例に「失敗するプロジェクトマネジャーは何度でも同じ失敗を繰り返す」という現象がある。

同じ失敗といっても、プロジェクトのことなので、一部違わず同じということではない。何かが新しいのだ。エンジニアの世界で議論したように、概念的な思考ができない人は、新しいことに対応できない。つまり、失敗を概念的にとらえ、別の状況で応用していかないと、同じ「類」の失敗をしてしまう。

工場のラインで同一車種を組み立てるだけならできても、複数の車種が混在して流れてきたら対応できない。この程度違いだが、対応できないのだ。したがって、「概念的にものを考える人」からみれば、同じところで失敗しているように見えるが、本人は同じことをやっているとは思っていない。

「概念的な」説明に終始してきたので、最後に少し、「具体的な」話をしよう。

プロジェクトマネジャーのAさんは、あるプロジェクトで顧客担当者との間で合意したスコープを、顧客側の役員の解釈の違いという指摘でひっくり返され、大幅な赤字を出した。実は、担当者と役員の間での解釈の違いだったのだが、プロジェクトスポンサーは何も口出しできなかった。

これに懲りたAさんは次のプロジェクトで顧客側の組織全体の要求を確かめ、要件を決めていくようにした。ところが、今度は、顧客の意向を取り入れすぎだと自社の役員から怒られ、顧客に予算追加の交渉に行った。

Aさんがしたのは概念的に考えると、

ステークホルダ間の調整をせずに、意思決定がひっくり返った

という失敗である。概念的な思考ができる人は、顧客との間で失敗したときに、自分自身の組織にも同じ構造があることに気づき、次のプロジェクトでは顧客の意向を広く聞くと同時に、同じ構図にある自社内の調整を進めなら行う。

一を聞いて、十を知る。これが概念的な思考である。

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著者紹介
好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
20年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「プロジェクト&イノベーション(無料)」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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