第3回(2003.11.30) 
システム思考で複雑な問題に対処する
 

◆構造を持つ問題
 前回、ロジックツリーの紹介をしたが、問題の分析や解決策の立案に際してはロジックツリーでは不十分な場合がある。それは問題そのものが構造を持っている場合である。
 例えば、プロジェクトにおいて、個々のメンバーの分担する作業量が過剰で、進捗が遅れ気味であるという状況を考えてみよう。ロジックツリーでは

(分析1)
 プロジェクト全体の進捗が遅れている
  → 個々のメンバーの作業が遅れている
   → 個々のメンバーにキャパシティを超えた作業分担が強いられる

といった分析がされ、個々のメンバーの作業量が許容を超えているので、要員の追加投入をして、個人の作業量を変えるといった計画変更で対応をしていくことになる。

 ところがこの問題はよく考えてみるとそんなに単純な問題ではないかもしれない。人間は疲れてくるとモチベーションが下がり、モチベーションが下がると生産性が下がる。その点を考えると、この問題は
(分析2)
 プロジェクト全体の進捗が遅れている
  → 個々のメンバーの作業が遅れている
   → (※)個々のメンバーに許容量を超えた作業量が分担されている
    → 不休不眠で頑張っている
     → 疲れて、モチベーションが下がり、だんだん生産性が落ちている
       → メンバーの許容量と分担の乖離が一層大きくなる
        → (※)

という分析ができる。ここで注意してほしいのは、最後の(※)のところである。(※)までいくと、また、上の(※)に戻ってしまう。いわゆる悪循環に陥る。ロジックを考えていった場合、この例に見られるように事象(事柄)がループになる場合は現実には多い。
 この分析を、前の分析と比較してみるといくつかの違いがあることが分かる。一つは、現象を時間的に捉えていることである。つまり、「生産性が下がる」「乖離が大きくなる」というのは規則性のある時間的な変化に言及している。ここで重要なことは、変化に一定の規則性があるということは、その規則性を生み出している「構造」があるということである。構造というのはわかりにくい概念だと思うが、とりあえず、上に示したような全体の流れのことだと考えておいて欲しい。

◆なぜ、システム思考か
 さて、(分析1)のように分析した場合、単に要員の追加投入をしただけでは問題は解決しないことを経験をされた方は多いだろう。モチベーションの下ったプロジェクトに新しい人が入るが、現状認識の共有などの融合がうまく行かず、新メンバーはモチベーションの下がった初期メンバーに批判を批判し、新たなトラブル源になり、初期メンバーのモチベーションはますます下がるという現象が起こることがある。
 では、なぜ、こういう対処をしてしまうのかというと、「個々のメンバーの許容量を超えた作業量がある」とういう表面的な問題にだけとらわれ、他の問題を見過ごしているからである。つまり、「個々のメンバーの許容量を超えた作業量がある」というのも現在の現象を引き起こしている重要な問題であるのだが、例えばいえば、現象という森に対して、一つの木に過ぎない。問題はこれだけかどうかが問題である。ここで言っていることは、例えば、「作業の内容に対してスキル不足で遅れている」といった問題はないのかという意味で別の問題ではない(もちろん、現実の問題解決をする際にはこういう複合的な問題もあるのだが)。あくまでも、今見ている「個々のメンバーの許容量を超えた作業量がある」という問題に関連するほかの問題はないのかという意味である。このように森全体がどうなっているのかをきちんと把握しない限り、あまり有効でない対策を取ってしまう危険性が高い。
 いずれにしても、初期の計画の段階で計画に無理があったとすれば、問題を解消するためには納期を延ばすか、要員を投入することは不可欠である。しかし、手順を良く考えないと事態を余計に悪化させてしまう。その手順を考えるためには、木(現象を生んでいる直接的な原因)だけではなく、森(問題の構造)を的確に捉えなくてはならない。
 さらに一つ付け加えておく。現場で生まれた問題解決の知恵に「なぜを7回繰り返せば本質にあたる」というのがある。ロジカルシンキングでいうところの、「Why so」であり、それに基づく手法がロジックツリーである。ところが上の例のようにループ構造を持つ問題を扱おうとした場合、堂々巡りになってしまうので注意しておく必要がある。実際にはベテランのマネージャーなどはよく「一段、高いところから見直す」という言い方をするが、経験的にこのループをマクロに眺めることにより一つの現象とみなして、ロジカルな展開で適切な問題解決をしていることが多い。これはループの本質的な問題をそのループの現象としてみてしまうということに他ならない。例えば、上の例であれば、ループ全体を「進捗が遅れる」という問題とはみないで、「モチベーションが下がる」という問題として見るのである。これについては後でもう一度、触れたい。

◆システムとは
 少し話が逸れたが、システムというのは複雑に関係しあう要素の集まりのことである。システムという言葉は何気なく使っているが、意外と意味が難しい言葉である。このような説明を聞くと、じゃあ、集まって関係しあえばなんでもシステムかという疑問を持つ方もいるだろう。バージニア・アンダーソンは、「システム・シンキング」の中で、システムとはということで、

 ・システムの構成要素はすべてそのシステムの目的を最大限に実現するために存在する
 ・システムの構成要素はすべてシステムの目的実現のために何らかの形で秩序だっている
 ・システムはより大きなシステムの中でそれぞれの目的を持っている
 ・システムは変化と調整によって安定を維持する
 ・システムはフィードバックという機能を持っている

の5つの性質を持つものだとしている。表現はともかくこの内容は一般的でだと思うので、ここではこの定義を念頭において話をする。
 この5つの中で特に重要な性質はフィードバックという機能を持つという性質である。フィードバックという言葉は日常的に使われるようになってきたが、何か変化が起こったときにシステムの安定を保つためにシステム自身が必要なコントロールをする働きをフィードバックという。例えば、クーラーを自動運転モードにすると、室温が設定温度より高くなれば強くなり、低くなれば弱くなるという動きをするが、これがフィードバックである。プロジェクトで工程が遅れてきたらカバーするために自発的に残業するというもの一種のフィードバックである。

◆システムの構造とシステム思考
 システム思考の提唱者であるピーターセンゲは、これらの5つの性質を持つシステムは
  事象<パターン<構造
という3つの要素のピラミッドから構成されるとした。これがシステム思考の原点である。例えば、上の例で言えば、事象は進捗が遅れていることである。これはある一時点の話である。ところが、時間軸でみると、10日前は1日、5日前は2日、現時点で10日という時間的推移があったとする。これがパターンである。仮に現時点で10日の遅れがあっても、10日前は0日、5日前は5日、現時点で10日という場合とは何か違うことは明らかであるのでパターンは問題を分析する際に重要である。この例だと、後者は1日につき1日分だけ進捗が遅れていることが分かる。しかし、前者は徐々に遅れだしていて、遅れが段々加速していることがわかる。このようなパターンを発生させているものが構造である。単純に考えると、後者の場合、ちょうど1日の作業量が1日分だけオーバーしているという構造を持っている。しかし、前者の場合は複雑で、単純に作業量がオーバーしているというのではなく、何か複合的な原因があることは容易に推測できる。例えば、モチベーションが下がり、生産性が落ちているという構造がパターンを支配していることが考えられる。
 構造的な問題を解決するには、時系列をたどり、パターンを発見し、パターンをよい方向に持っていくように構造を変えていかなくてはならない。構造改革である。このような考え方をシステム思考を呼ぶ。一言でいえば、問題を構造を持つもの、すなわちシステムとして捉え、システムとみなして対策をすることがシステム思考である。

◆システム思考の原則
 システム思考にはいくつかの原則がある。ピーターセンゲや、バージニア・アンダーソンによると、その原則とは
 ・全体的に捉える
 ・動き、複雑性、相互依存性の視点を持つ
 ・見えるデータ(現象)だけではなく、見えないデータも考慮に入れる
 ・長期と短期のバランスを取る
 ・自身がシステムの一部をなしており、自身の影響がシステムに影響を与えることを考慮する
の5つである。
 上の例で言えば、全体的に捉えるというのは単に進捗が遅れているという現象だけでなく、他にもどのような問題が起こっているかを考えた上で、総合的に問題を分析するということである。
 その上で、上でも説明したように、工程の遅れ、生産性、超過勤務といったいくつかの要素(システム思考ではこれを変数と呼ぶ)が時間経過とともに変動していること、そしてその変動は独立なものではなく、工程が遅れれば超過勤務が増えるというように相互に関連していることを理解し、その関連を探す。これが2番目の「動き、複雑性、相互依存性の視点」の意味である。
 ただし、このときに、工程の遅れ、品質、生産性、超過勤務といった変数は目に見える(図ることができる)変数である。このような変数だけではなく、例えば、モチベーションといったきちんと計測できない変数も考慮する必要があるというのが3番目の意味である。
 その上で、それに対して対策を講じる際には、直ぐに効果のある要員の追加投入を考えるとともに、少し長いスパンで見たときに必要なモチベーションの回復策も考え、そのときの状況を見て、それの施策のバランスをとる。つまり、木を森もみて対策を考えようということになる。ただし、このときに上で触れたように、森だけを見て何が起こっているかを理解できる人もいる。システム思考の範疇からは外れるが、このようなスキルは極めて重要なスキルであると思うので、あえて触れておく。
 そして、最も重要なことは、自分自身もそのシステムの一角をなしていることを理解することである。これは例えば、プロジェクトマネージャーが問題解決者だったとした場合に、問題の原因になっているのがプロジェクトマネージャー自身の行動である可能性もあるということを理解して問題解決に当たるということである。要するに自分のことを棚上げしてしまうと、見ているシステムそのものが誤ったものになるということである。

◆システム思考のツール
 システム思考というのは以上のような思考方法であるが、これだけではかなり抽象的で利用するのは難しい。そこで、システム思考にはツールがある。品質管理の7つ道具というのがあるが、ちょうどあの類のツールである。
 システム思考の代表的なツールには
 ・時系列変化グラフ
 ・因果ループ図
 ・システムアーキタイプ
の3つがある。これらのツールを活用することにより、定型的にシステム思考を行うことがある程度可能になる。

◆時系列変化グラフ
 時系列変化グラフは、縦軸に変数を取り、横軸に時間を取ったグラフで、システムに含まれるそれぞれに変数がどのような挙動をしているかを見極め、システムの構造を発見するために使われる。図に例を示す。

                   図:時系列変化グラフ

◆因果ループ図
 因果ループ図は変数間の関係を表現するグラフである。これを使ってシステムをモデリングする。
 まず、一つの表現方法は、変数の変動の関係を表現する。これには、
  2つの変数が同じ動きをする(Same:S)
  2つの変数が逆の動きをする(Oppposite:O)
の2つの性質が準備されている。この関係を使うと、例えば、以下のように変数の間の関係を表現することできる。
 もう一つの性質の表現はそのループが
  平衡ループ(B)
  拡張ループ(R)
なのかという表現である。平衡ループは変化を現象させる方向、つまり、システムを安定させる方向に作用するループである。例えば、上の図では、投入要員数を増やしていけばいずれは遅れはなくなる(あるいは一定の値に落ち着く)。こういう因果関係がある。一方の拡張ループは一方向の変化をより大きくするものである。図の例で言えば、工程の遅れが大きくなるとそのフォローで追われて生産性は下がる。生産性が下がるとさらに工程の遅れは大きくなる。この関係は永遠に続く。因果ループ図に含まれる変数はいくつでも構わない。このように因果ループ図を書くことにより、パターンを明確にし、構造を明確にすることができる。


◆システムアーキタイプ
 システムアーキタイプは典型的なパターンである(日本語では原型、あるいはシステム原型を訳される)。ピーターセンゲはこれを現象を支配するパターンと読んでいる。例えば、センゲは「最強組織の法則」の中で、マネジメントに見られるシステムアーキタイプとして、「成長の限界」や「問題のすり替え」というアーキタイプを指摘している。詳しくは参考資料をお読みいただくとして、一つだけ「問題のすり替え(Shifting the Burden)というアーキタイプを紹介しておく。これは、因果ループ図で書くと、図のようなアーキタイプである。また、バージニア・アンダーソンは「システム・シンキング」の中で、これら以外に、「漂流する目標」、「成功には成功を」、「応急処置の失敗」、「共有地の悲劇」、「成長と投資不足」、「エスカレート」の6つのアーキタイプを提示している。詳しくはいずれも参考文献を参照して戴きたい。

          図:システムアーキタイプ「問題のすり替え」
◆参考文献
バージニア・アンダーソン「システム・シンキング」,日本能率協会マネジメントセンター(2001)

ピーター・センゲ「最強組織の法則」,徳間書店(1995)
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